ミヅマギャラリーの格闘記を読みすすめて考えたこと

新年、03-の竹森さんに差し入れてもらった三潴末雄『アートにとって価値とは何か』を読了。岡部憲明アーキテクチャーネットワーク時代、2008年に上野で「ネオテニー・ジャパン-高橋コレクション」展を訪れた。言葉にならない驚きに襲われたジャパン・アートにふれた一瞬を思い出しながら一気に読み進める。

制作過程の違いが生む差異

二人の鬼才、会田誠と村上隆のアプローチの違いが嗜好から制作過程にいたるまでつまびらかに書かれている。金沢の金箔をはじめとした職人や日本画・洋画の優秀なチームなど良質なアウトソーシングを用いる村上式のアウトプットは非常に建築的だ。自分の手にこだわってしまう会田式より村上式のほうが、迅速に世の中にアプローチして広範囲に影響を与えることができるのだと思う。また、チームからのアウトプットをコントロールするためにはストイックさが必要なことを自戒する。

思考はベトナムの緑化建築へ

日本の画壇の歴史と現代アートのかかわりを三潴的視点で追いかけながら、思考はベトナムの建築へと飛んだ。特に今のトレンドの一端である緑化建築についてみるならベトナムは面白い場所だ。

なぜなら、緑化建築の最先端をいっているシンガポールと比べて、すでにヴァナキュラーな緑化建築がいたるところに点在しているからだ。以前、シンガポール、マレーシアに滞在していたときに感じたことだがこれまであのエリアには緑化建築はそれほど多くなく、一般的な建物でも緑をまとった建物はほとんどなかったのだと思う。だから、今、政府が緑化規定を義務づけたとしても、かなりシステマチックな、コントロールのできるクリーンな緑化建築が主流になってくるだろう。が、ベトナムは違う。正直、緑ぼーぼーな建物だらけだ。だから挑戦的な取り組みを受けいれられる土壌があるように見える。しかも北部には四季がある。

そんな状況で、自分が育ち、建築を学んだ日本での経験がどのように活かせていけるのか。展開の行き先を常日頃から考え、興味のアンテナをはることは、いつも限られた時間の中で成果を求められるここベトナムにおいては必要だ。知識と経験を総動員して、もう一歩先をめざすこと。流れていく時を先読みし、俯瞰すること。

以前から考えているヴァナキュラーな緑化建築の調査・研究についての方法を考えていく必要もあるのではないか。素材は豊富にある。

つくられたものから評価がはじまるということ

建築とアートの近似しているところのひとつは、つくられたもの=アウトプットで評価がなされるところではないか。価値とは何か、を問われる前にアウトプットがある。昨年に引き続き、アウトプットを増やすこと。特にデザインのアウトプットを徹底的に。今年の目標とする。